そろそろほんとにほんとに・・やらないと(笑)今の会社に入って、日々のオーバーワーク的な業務に終われ、店のアンポンタンな女の子たちのわけわからん質問に時間を費やし、気が付けば本来の自分の仕事(IT戦略を考える立場)が残業域に入る。ふっ。とため息。この毎日で一年半やってきた。リプレースも終わった。40店舗以上の通信回線の手配と工事も2ヶ月で片付けた。下請け業者にどなりつづけた二ヶ月間。ストレスと疲れで気が滅入りそうだったが。しっかりやってしまった。大きなプロジェクトは時間どおりにすすむものだ。うん、そんなもん。全店パソコンや回線の切り替えなどで3週間のうち数回徹夜がつづく。正直徹夜なんてなんにも仕事ができない。電話もならない、ばかな質問もこない。なのに進まない。そんなもんさ。今の自分の市場価値はいくらだ?と毎回問い掛けながら、自分の仕事の棚卸をする。この1年、私は職歴書に一行でも多くかけるか?わたしなりの基準は、そういうところだ。誰が何を言おうと、関係ない。世の中他人のため・・だけ・・に生きているわけでもない。他人につくすことも大切だが、それはALLではない。私の人生だれも保障してくれるわけでもない。だったら、好き勝手に生きることも十分大切なことだ。ここまでくるのに随分と遠回りをしたものだ。今年の4月通信制の大学に入学した。この4月から2年にあがる。冗談抜きで、単位どころかリポートさえ進まない。仕事に追われまくりだ。スクーリングもこの冬はでられなかった。先が見えない毎日で悶々としてしまう自分に苛立ちを募らせながら、また一日が終わる。あと一ヶ月でこの職場ともおさらば。最近、ひとりでいることがちょっと負担になったような気がする。やっぱり人生はパートナーが必要だと感じる。それは結婚とかなんとかではなく、きちんと対等に話ができる関係の人は絶対的に必要だということだ。亡くなった母が最後にいった言葉
『美味しいものたべて、好きなところに旅行して、好きなものを買って、そして・・結婚しなくてもいいから大切な人をまた、探しなさい』
泣くに泣けなかった母の言葉。淋しいとき、辛いとき、何をやってもうまくいかなかったとき、その都度思い出す言葉。いまさらながら、母の強さとやさしさを感じる日々です。9年前、なにもかも失くして、自暴自棄になった時、そんな娘が不憫だったのでしょう。今、もし生きていたら、いろいろなことを相談したいとおもう。今の私に会ったとしたら、きっと『そんなもん、やってみなきゃわかんないでしょ。やる前から悩んでどうするの』って怒られそう(^^; 母であり、妻であり、女であり、経営者であった人、尊敬してました。キレるという言葉がぴったりの母で、洞察力はすごかった。人の動きと言葉、そして空気を読める人でとてつもなく大きな人だとおもった。それに気が付いたときには、もう居なくて。相談したいことも多かったのに・・とお寺で延々と一時間泣き続けた娘は、いまもなんにも成長してません(^^; こまったもんです。きっと天国で・・またか・・なんてあきれているでしょう(笑)
 大丈夫よ。頑張ってるから。。心配いらないから。